今回の見どころ: 25歳、教師3年目の西川美咲が青葉台小学校に赴任。そこで待ち受けていたのは「発芽カリキュラム」という未知の教育手法だった。果たして美咲は新たな挑戦を乗り越えることができるのか…
桜が散り始めた四月の朝、青葉台小学校の正門をくぐる一人の女性がいた。紺色のスーツに身を包み、少し大きめのトートバッグを肩にかけた姿は、どこか初々しさを感じさせる。
西川美咲、二十五歳。教師としては三年目だが、この学校に赴任するのは今日が初めてだった。
「おはようございます」
職員室の扉を開けると、ベテランの先生方の視線が一斉に向けられた。美咲は背筋を伸ばし、明るく挨拶した。
「西川美咲です。五年三組を担当させていただきます。よろしくお願いします」
校長の田中が立ち上がった。六十を過ぎた温厚そうな男性だが、その表情はどこか緊張している。
「西川先生、お疲れさまでした。さっそくですが、お話しすることがあります」
田中は美咲を校長室に案内した。
「実は、今年度から本校で新しい教育プログラムを導入することになりました。発芽カリキュラムです」
「発芽カリキュラム?」
美咲は首をかしげた。教育実習でも、前任校でも聞いたことのない言葉だった。

「簡単に言うと、従来の教科の枠を越えて、一つのテーマを様々な角度から学習する方法です。例えば『お米』をテーマにして、国語、算数、理科、社会すべてでアプローチする」
田中は資料を美咲に手渡した。
「文部科学省のモデル校に指定されたんです。成功すれば、他校への展開も期待されている。しかし…」
田中の表情が曇った。
「正直なところ、私たちベテラン教師には荷が重い。従来の授業とはまったく違うやり方ですから。そこで、柔軟性のある若い先生に期待をかけているんです」
美咲の心臓が早鐘を打った。モデル校の実験台にされる、ということか。
「でも、私もよく分からないんですが…」
「大丈夫です。支援体制は整えます。何より、子どもたちの可能性を信じてください」
田中の言葉に、美咲は小さくうなずいた。
五年三組の教室は、美咲が想像していた以上に活気があった。三十二人の子どもたちが、好奇心に満ちた目で新しい担任を見つめている。
「みなさん、おはようございます。私が新しい担任の西川美咲先生です」
美咲は黒板に大きく名前を書いた。字が少し震えている。
「先生、前の学校はどこですか?」
元気の良い男子が手を挙げた。田村健太。美咲は名簿で確認した。
「隣の区の緑丘小学校です。この学校は初めてなんです」
「じゃあ、一緒に頑張りましょう」
そう言ったのは、前の席に座っている女子だった。佐藤花音。クラス委員長と書かれている。
美咲の緊張が少しほぐれた。

「ありがとう、花音ちゃん。実は、今年からみんなと一緒に新しい勉強の仕方に挑戦することになりました」
教室がざわめいた。
「発芽カリキュラムという名前です。今まで国語は国語、算数は算数って別々に勉強していたけれど、一つのテーマをみんなで色々な角度から調べていきます」
「それって面白そう!」
健太が身を乗り出した。
「どんなテーマですか?」と花音が質問した。
「それは…みんなで決めていきましょう」
美咲は正直に答えた。実際、まだ何も決まっていないのだ。
その日の放課後、美咲は職員室で発芽カリキュラムの資料と格闘していた。
「西川先生、お疲れさまです」
振り返ると、六年生を担当する山田先生が立っていた。四十代半ばの女性で、この学校では中堅クラスらしい。
「山田先生、お疲れさまです」
「発芽カリキュラム、大変でしょう。私たちも来年度から導入予定なので、様子を見させてもらっています」
山田は美咲の隣に座った。
「正直、どこから手をつけていいか分からないんです」
美咲はため息をついた。
「まずはテーマ選びからですね。子どもたちの身近にあって、各教科で扱えるもの。何か思い浮かびませんか?」
美咲は考えた。子どもたちの身近にあるもの…
「給食、とか?」
「いいですね。食べ物は生活に直結している。国語で食文化について調べたり、算数で栄養計算したり、理科で消化の仕組みを学んだり、社会で農業や流通を扱ったり」
山田の説明に、美咲の目が輝いた。
「でも、一人で全部準備するのは大変ですよね」
「そうですね。でも、完璧を求めなくてもいいんじゃないでしょうか。子どもたちと一緒に作り上げていけばいい」
山田の言葉に、美咲は希望を見出した。
第1話完