8月4日は、朝からいくつかの仕事を並行して進めた一日だった。
まず、税理士さんのSNS投稿について、国税庁が公開しているクイズを毎日投稿する仕組みを思いついた。元データを取得するプログラムを考えてみたものの、こちらはうまくいかなかった。
ただ、失敗したことで別の方向が見えてきた。
単に国税庁のデータを取得することだけを考えるのではなく、「コンテンツを定期的に思い出させる仕組み」として一から考え直せるのではないかと思ったのである。
仕事では、こういうことがよくある。
最初に考えた方法ではうまくいかなくても、その途中で別の使い道が見えてくる。最初の目的に固執しすぎないことも大切なのだと思う。
午前中には、ある会社の新しいドメイン取得とメール設定を完了し、請求書と一緒に連絡した。
以前なら、こうした小さな仕事を「面倒くさいな」と思っていたところがある。
しかし、改めて考えてみると、これもきちんと売上になっている仕事である。大きな案件ばかりが仕事ではない。依頼していただき、作業をして、対価をいただく。小さくてもありがたい仕事なのだ。
午後からは、周参見さんのところへ行き、「報連相革命」の説明をした。
そこで特に反応が良かったのが、面談記録だった。
面談した内容のすべてが、正式な資料になるわけではない。
わざわざWordで文書を作ったり、報告書として残したりするほどではない。しかし、後になって「あのとき、何を話していたかな」と思い出したくなることはある。
周参見さんが興味を持ってくれたのも、まさにそこだった。
「資料として持つほどでもないけれど、覚えておくに越したことはない」
この領域の情報を残せることに価値を感じてもらえた。
これは自分にとっても大きな気付きだった。
私は報連相革命を、報告や相談を効率化する仕組みとして考えていた。しかし、実際に使う人と話してみると、「忘れたくない小さな情報を残す」という価値も見えてくる。
作る側が考えている価値と、使う側が感じる価値は必ずしも同じではない。
だからこそ、まず作って見てもらうことが大事なのだと思う。
この日は配車トークも、前日までのテストデータをすべて削除し、改修したプログラムで改めて入力してもらう段階に入った。
作って、使ってもらって、反応を見る。そしてまた直す。
最近は、この繰り返しが仕事の中心になってきた。
一発で完成させようとするよりも、実際の現場で何が刺さるのかを見る。
面談記録への反応も、机の上だけで考えていたら気付かなかったかもしれない。
小さな仕事も、小さな記録も、見方を変えるとちゃんと価値がある。
そんなことを感じた一日だった。

