7月18日は、朝から新町から持ってきたiMacと書類の整理をしていた。
iMacは長い間起動していなかったので、やはりOSのアップデートが必要だった。それでも電源を入れてみると、今見ても全然古くさくない。デザインもいいし、スピーカーの音もいい。例えば、母親がNetflixを見るための端末として使うだけでも、十分に役割を果たしてくれそうである。
一方、書類についてはかなり思い切って処分した。
今回、自分の中で決めた基準はシンプルである。
「10年以上前のものは捨てる」
これを決めると、整理がかなり楽になった。
片付けで時間がかかるのは、捨てる作業そのものではない。「これは残しておいた方がいいかな」「もしかしたら使うかもしれない」と、一つひとつ判断することに時間がかかる。
基準がないと、そのたびに考えなければならない。
そんな中、32年前のノートが出てきた。
さすがに懐かしかった。
一瞬、残しておこうかなとも思った。でも、ここで考えた。
今まで32年間ほとんど見なかったものを残して、次に見るのはいつなのか。もしかすると20年後かもしれない。
それなら、もういいだろうと思って処分した。
ここで「これは思い出があるから」と例外を作り始めると、せっかく決めた基準がぶれてしまう。
これは仕事でも同じかもしれない。
案件ごと、相手ごと、その時の状況ごとにゼロから判断していると、どんどん判断することが増えていく。
もちろん、すべてをルールだけで決められるわけではない。しかし、自分なりの基準を持っておけば、「これは考えなくても決められる」という領域を増やすことはできる。
最近、仕事でも仕組みを作ることが増えている。
仕組みというと、システムやAIのようなものを想像しがちだが、「こういう場合はこうする」と先に決めておくことも、立派な仕組みなのだと思う。
書類整理も同じだった。
「10年以上前は捨てる」と決めただけで、あれこれ迷わなくなった。
結果的に書類もかなりスッキリした。
ただし、昨日ほぼ徹夜だったこともあり、体にはしっかり反動が来た。腰と背中は痛いし、午後2時から6時まで寝てしまった。
判断基準を作ることはできても、体力までは仕組み化できないらしい。
そこは無理せず休むしかない。
32年前のノートを手放したことで、単に荷物が一つ減っただけではなく、「残すものをどう決めるか」という自分なりの基準を改めて考えた一日だった。

