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株価分析動画を2週間毎日投稿して見えたこと|ロングは伸びず、ショートは再生数に差が出た

動画再生数が伸びなくて、困った顔をしている男性

ロングは伸びず、ショートは気まぐれに跳ねる

月曜日から金曜日まで、毎日夕方に株価分析の動画をアップしてほしい。
今回受けた依頼は、そういうものだった。

やるべきことは明快である。
平日の引け後から夕方にかけて、その日の相場や注目銘柄に関する情報を受け取り、それをもとに動画を制作し、投稿する。テーマとしては、当日の市場の流れ、ストップ高銘柄、翌日も短期資金が向かいそうな銘柄などが中心である。

言ってしまえば、ニーズはある。題材もある。情報もある。
だから最初は、一定の形に整えて出していけば、ある程度は素直に数字がついてくるのではないかと思っていた。

しかし、実際に2週間回してみると、そう単純な話ではなかった。
むしろ、数字は予想以上に気まぐれで、こちらの想定を何度も裏切ってきた。

ロング動画は思ったほど伸びない。
一方でショート動画は、似たように見える内容でも再生回数に大きな差が出る。
しかも、その差は一見すると理屈が通っているようで、よく見ると簡単には説明しきれない。

この2週間は、うまくいった期間というより、むしろ「動画とは何か」を改めて突きつけられた時間だったように思う。

依頼はシンプルでも、運用はシンプルではなかった

毎日投稿である。しかも株である。
この条件には、見た目以上の難しさがある。

株の情報は鮮度が命である。
昨日の話を今日出しても弱いし、今日の話も出し方を間違えれば、ただ流れていってしまう。情報が間違っていなくても、それだけでは見てもらえない。正しいことと、再生されることは別問題なのである。

実際にやってみると、ただ情報を並べるだけの動画は強くない。
視聴者が求めているのは、おそらく単なる情報の要約ではない。
「なぜ今それを見る必要があるのか」
「結局どこに注目すればいいのか」
「で、明日にどうつながるのか」
それらが短時間で立ち上がってくる構成が必要なのだと感じた。

特に株の動画は、視聴者の時間感覚もシビアである。
のんびり前置きをしている余裕はない。回りくどい説明をする余裕もない。結論を濁した途端に、次へ送られる。
こちらが「丁寧に伝えよう」と思っている部分が、そのまま離脱の原因になることすらある。

ロング動画は小さく、ショート動画は荒れた

この2週間でまずはっきりしたのは、ロング動画の数字が想像以上に静かだったことである。

もちろん、新規性の強いチャンネルでロング動画がいきなり大きく跳ねることは少ない。そこに驚きはない。
ただ、それを差し引いても、内容をしっかり作ったつもりの動画が思ったように届かない感覚はあった。見てもらえさえすれば価値は伝わるはずだ、と思う動画ほど、まず入口で止まってしまう。これはなかなか堪える。

その一方で、ショート動画は別の意味で厄介だった。
こちらは静かというより、むしろ荒れる。

ある動画はほとんど回らない。
ところが別の動画は数百回単位で伸びる。
しかも作り手の感覚からすると、そこまで大差があるようには見えない。テーマも近い。構成も近い。見た目も大きくは変わらない。それでも数字だけが露骨に違う。

こういう現象に出会うと、動画運用は「良いものを作れば伸びる」という直線的な世界ではないことを思い知らされる。
むしろ現実は、「どこで止まるか」「誰に最初に届くか」「最初の数秒で何を感じさせるか」といった微細な差の積み重ねで決まっているように見える。

ロングは安定して小さい。
ショートは不安定だが、ときどき跳ねる。
この2週間を乱暴にまとめるなら、そういう状態であった。

同じような動画でも、なぜ差がつくのか

ショート動画の数字を見ていると、最終的には内容そのものよりも、まず「入口の強さ」がものを言っているのではないかと思えてくる。

ショートは見ようと思って見られるというより、流れてきたものを瞬時に判断されるメディアである。
視聴者は、数秒どころか一瞬で止まるかどうかを決めているはずだ。つまり、中身の前にまず見た目と冒頭で評価される。

銘柄名が大きく出ているか。
何の動画か一発でわかるか。
結論が先に見えるか。
警戒なのか期待なのか、温度感が一目で伝わるか。

こうした要素が噛み合うと、ショートは急に強くなる。
逆に、内容がしっかりしていても、文字が多い、結論が遠い、印象が薄い、というだけで簡単に埋もれる。

動画を作る側としては、中身を磨きたくなる。実際、それは間違っていない。
しかしショートに限って言えば、中身の良さは「見られた後」の評価なのである。まず見られなければ何も始まらない。
この順番を取り違えると、良い動画を作っているのに数字がつかない、という精神的に苦しい状態に入りやすい。

要約版としてのショートは、思ったほど強くなかった

当初は、ロング動画で話す内容を短く圧縮し、その要約版としてショートを作る考え方をしていた。
これは発想としては自然である。ひとつの情報を長尺と短尺に分けて使うのだから、効率も良い。

ただ、2週間回してみて感じたのは、この「要約版ショート」が意外と中途半端だということである。

丁寧ではある。誠実でもある。
しかし、ショートである以上、それだけでは足りない。
要約版は情報としてはまとまるが、視聴者の感情を大きく動かしにくい。見た後に「なるほど」とはなるかもしれないが、「続きが見たい」とは限らないのである。

さらに厄介なのは、2分から3分前後の尺になったときである。
この長さは短いようで短くない。ショートとしてはやや重く、ロングとしてはやや浅い。
結論だけ知りたい人には冗長に映り、理由まで知りたい人には物足りなく映る。
ちょうどその中間に落ち込みやすい。

株のように、結論の速さと根拠の深さの両方を求められるジャンルでは、この中間尺は特に扱いが難しいのだと思う。

ショートは要約ではなく、予告編であるべきなのかもしれない

では、ショートは何を担うべきなのか。
現時点での仮説はかなり明快である。

ショートは説明するものではなく、見たくさせるものである。
要約ではなく、予告編として機能させるべきなのではないか。
そう考えるようになった。

ロング動画は本編である。
そこでは、なぜその銘柄に注目するのか、どこに資金が集まりそうなのか、高寄りした場合に何を警戒すべきか、といった話を5分前後でしっかり説明する。根拠と文脈を渡す役割である。

対してショートは、全部を話す必要がない。
むしろ話しすぎないほうがよい。

明日、短期資金が入りそうな銘柄はこの3つである。
ただし、そのうち1つは高寄りした瞬間に危うい。
なぜそう言えるのかは本編で説明する。

このくらいの設計のほうが、ショート単体でも引きがあり、ロングへの導線としても自然である。
要するに、ショートの役割は「理解させること」より先に「見逃したくない感情を作ること」なのではないか、ということである。

ここを取り違えると、ショートに説明責任を背負わせすぎてしまう。
その結果、真面目で、情報量はあり、しかし伸びにくい動画が量産される。
これは今回の2週間で、かなり身にしみてわかったことである。

この2週間は失敗ではなく、観測であった

数字だけ見れば、まだ成功とは言いがたい。
ロング動画の再生は小さく、ショート動画も安定していない。見栄えの良い結果だけを求めるなら、途中経過としては地味である。

しかし、運用というものは、最初からきれいに勝てるほど親切ではない。
むしろ最初に必要なのは、何が効かないかを知ることである。どの見せ方が弱いのか、どこで離脱されるのか、何を説明しすぎているのか。そうしたズレを観測しなければ、改善のしようがない。

その意味で、この2週間は十分に価値があった。
ロングとショートは同じ役割ではいけない。
ショートは情報の総量より入口の設計が重要である。
視聴回数の波は、単なる運の問題ではなく、見せ方と切り口の差を反映している可能性が高い。

こうした手応えは、派手な成功よりもむしろ次につながる。
数字の小ささより、仮説の輪郭が見えてきたことのほうが重要である。

次の2週間で試したいこと

ここから先は、ロングとショートの役割を明確に分けていくつもりである。

ロングは5分前後で、しっかり説明する本編にする。
ショートは20秒から30秒程度で、結論と違和感だけを先に出し、本編へ橋を架ける。
同じ情報をそのまま短くするのではなく、切り口を変えて入口を作る。

たとえば、1本のロング動画があるなら、そこから複数のショートを作ることもできる。
最も期待感のある銘柄に絞る。
逆に危険なポイントだけを煽る。
市場全体の流れから入り、個別銘柄へつなげる。
同じ情報でも、入口はいくつも設計できるはずである。

株の情報発信は、情報そのものだけでは差がつきにくい。
だからこそ、どこから入るか、どこで止めるか、どこで続きを見たくさせるか、その編集の思想が問われる。
今回の試行錯誤は、その当たり前の事実を、数字という形で教えてくれた。

途中経過だからこそ、面白い

うまくいった話だけを書こうと思えば、もっと整ったタイミングを待つこともできる。
だが、本当に面白いのは、たいてい途中である。

思ったほど伸びない。
理由がわかったようでわからない。
それでも数字を見ながら仮説を立て、少しずつ設計を変えていく。
その過程には、成功事例を後からきれいに語る文章にはない熱がある。

今回の2週間は、まさにその途中であった。
ロングは伸びず、ショートは気まぐれに跳ねる。
その不安定さに振り回されながらも、少しずつ見えてきたものがある。

次の2週間で、この仮説がどこまで通用するのか。
おそらくまた新しいズレが出るだろう。
しかし、そのズレこそが運用の材料になる。
動画は、作って終わりではない。数字が返ってきて、そこで初めて次の一手が始まるのである。

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