AIが案内する観光地へ〜スマートグラスと生成AIが変える「旅する社会」〜

京都で迷わなくなった観光客たち

2025年10月、京都・清水寺。スマートグラスをかけた外国人観光客が、人混みの中を迷わず歩いている。

彼の視界には、こう表示されている。

「次の角を左。50m先に抹茶スイーツの人気店。待ち時間15分」

彼は地図を見ない。現地の人に尋ねない。ただグラスの指示に従って歩くだけだ。

15分後、彼は店に着く。注文も済ませる。SNSに投稿する。そして次の指示を待つ。

「八坂神社まで徒歩12分。今なら夕焼けがきれいです」

彼は満足している。効率的で、無駄がない。限られた時間で、見たいものを全部見られた。

これは「新しい旅」の形だ。良いか悪いかではなく、選択肢が増えた。

---

視界が、ガイドブックになった

名古屋マリオットホテルに泊まった観光客が、ARグラスを装着する。すると、目の前に職人の映像が現れ、伝統工芸の説明が視界に浮かぶ。中部地方の観光名所が、まるで”拡張現実の中”に存在しているかのように案内される。

NTTコノキューが2025年に実施したこの実証実験は、「観光パンフレットの次は、視界そのものがメディアになる」ことを証明した。

タイムルーパーのAIガイドシステムでは、スマホをかざすと歴史上の偉人や地域キャラクターが現れ、多言語で案内する。AIはユーザーの反応を分析し、説明内容を動的に最適化する。

これは特に、短期滞在の旅行者にとって価値がある。

2泊3日の旅程で、土地勘もなく、言葉も通じない場所を効率よく回りたい——そんなニーズに、AIは確実に応えている。ガイドブックをめくる手間も、地図アプリを何度も開く煩わしさも消えた。

一方で、ゆっくり街を歩きながら「何があるか分からない」楽しみを求める旅人には、やや過剰かもしれない。

---

ある聴覚障がい者の、初めての一人旅

monoAI technologyが2025年に発表した「字幕表示スマートグラス」は、話し相手の声をリアルタイムで文字に変換する。

聴覚障がいを持つ田中さん(仮名・30代)は、このグラスをかけて初めて一人で京都を旅した。

「今まで、誰かに同行してもらわないと不安だった。でもこのグラスがあれば、店員の声も、ガイドの説明も、全部文字で見える。初めて『自由に旅している』と感じた」

自動翻訳機能もあり、英語・中国語・韓国語も視界内で字幕化される。インバウンド客にとっても、言葉の壁が消える。

これは、明らかに「旅の民主化」だ。

これまで言語や身体的な理由で旅を諦めていた人たちに、新しい可能性が開かれた。技術は、確実に誰かの自由を拡げている。

ただし、田中さんはこうも言った。

「便利だけど、地元の人と”偶然話す”機会が減った気がする。グラスが全部教えてくれるから、誰かに道を聞く必要がなくなって」

自由を得た代わりに、何かを失ったのか——それとも、失ったものはそもそも「必要なかった」のか。

答えは、旅人それぞれだ。

---

地方観光地は、AIで「復活」するのか？

奈良県桜井市では、ARアプリ「YAMATO桜井周遊ガイド」で失われた文化遺産を3D再現している。かつて存在した寺院や城が、スマホの画面に浮かび上がる。

広島県三次市では「もののけ探索AR」が開催され、街中で物語的な探索体験ができる。若年層やインバウンド旅行者に「文化を遊びながら学ぶ」仕組みを提供し、観光地の再活性化を狙っている。

数字は上がっている。来訪者は増えている。

特に若年層にとって、ARやAIを使った「ゲーム的な観光体験」は、従来のガイドツアーよりも魅力的だ。史跡に興味がなかった層が、ARを通じて歴史に触れるきっかけになっている。

一方で、ある地元の観光協会職員はこう漏らした。

「ARで来る人は増えた。でも、地元の店に寄らずに帰る人も増えた。AIが『効率的なルート』を案内するから、寄り道しないんです」

生成AIを活用した多言語チャットガイドも各地で導入されているが、それによって「人間のガイド」の仕事は減っている。

AIが観光地を”活性化”させるのは事実だが、その恩恵が地域全体に行き渡るかどうかは、設計次第だ。

---

未来の観光地：AIが風景を「語り始める」

近い将来、スマートグラスをかけて街を歩けば、AIが自動的にその土地の物語、歴史、体験者のレビューを視界に投影してくれる。

情報は単なる”観光案内”ではなく、地域データベースと結びついた”生きた知のネットワーク”になる。

これは、知識へのアクセスを劇的に簡単にする。

歴史に詳しくなくても、その場で学べる。言葉が分からなくても、理解できる。時間がなくても、効率よく回れる。

ただし、それは「誰が行っても同じ情報を得る旅」でもある。

地元の人が語る物語ではなく、AIが最適化したデータ。
偶然見つけた路地裏ではなく、AIが推奨した「人気スポット」。
道に迷って出会った店ではなく、AIが選んだ「高評価の飲食店」。

効率化は、誰かにとっては価値であり、誰かにとっては物足りなさになる。

---

結び：旅は、何通りあってもいい

AIが道を示し、言葉を翻訳し、体験を最適化する。

観光客は「迷わない安心」を得て、自治体は「来訪者増加」を喜ぶ。

それは、確かに「良いこと」だ。

でも同時に、AIを使わずに歩く旅人もいる。道に迷い、言葉が通じず、予定通りにいかない——それを「失敗」ではなく「体験」として楽しむ人もいる。

どちらが正しいわけでもない。

AIは、旅の選択肢を増やした。効率を求める人には最適化を、偶然を求める人には情報を消す自由を。

スマートグラスが普及した先に待っているのは、「誰もが楽しめる観光」でも「誰が行っても同じ観光」でもなく、**「それぞれの旅が、それぞれの形で成立する社会」**だ。

あなたは、どんな旅を選ぶ？