仕事を受けるとき、
これまで主に見てきたのは、仕事内容と金額だった。
何をやるのか。
報酬は妥当か。
時間や負荷は現実的か。
これは間違った基準ではない。
ただ、今回の仕事を通じて、
それだけでは判断できない要素があることに気づいた。
それは、
仕事を続ける中で、自分の立ち位置がどう変わっていくか
という点だった。
仕事は同じでも、立ち位置は変わる
関わり始めた当初は、外部の立場だった。
整理役であり、
相談役であり、
全体を見ながら判断する役割だった。
ところが時間が経つにつれ、
少しずつ関わり方が変わっていった。
現場が忙しくなり、
人手が足りず、
その場の対応が優先される。
誰かに命じられたわけではない。
契約が変わったわけでもない。
ただ流れの中で、
判断や設計よりも、
「今ここを回すこと」が主になっていった。
仕事内容や金額は変わっていない。
けれど、自分の立ち位置だけが静かに下がっていた。
後から分かるサイン
その変化に、最初は気づかなかった。
後になって、
日記のメモを見返したときに違和感を覚えた。
以前は、その日の出来事や感想が自然と書けていたのに、
その期間の日記は、単語が並んでいるだけだった。
忙しかったから、とも言える。
時間がなかったから、とも言える。
ただ今振り返ると、
自分の視点で物事を咀嚼する余白が、かなり削られていた
という感覚の方が近い。
FAFという判断の仕方
ここで使ったのが、
自分の中で整理してきた FAF(Feel After Filter) という考え方だった。
FAFは、
「感情で決めるな」「論理で決めろ」
という話ではない。
順番の話だ。
- まず、条件や構造をフィルターにかける
(仕事内容、金額、時間、再現性、立ち位置など) - その上で、最後に感情で決める
感情を排除するのではなく、
感情を“最後の判断者”として使う。
今回の場合、
フィルターにかけた結果、
この仕事は構造的に「立ち位置が下がり続ける設計」だと分かった。
その上で、
「この状態を続けたいか」と自分に問うた。
答えは、はっきりしていた。
やめると決めた理由
だから、やめると決めた。
不満が爆発したわけではない。
感情的に限界だったわけでもない。
構造を見て、
その先の自分の姿が想像できたからだ。
このまま続ければ、
・判断より対応が増える
・主語が自分から現場に移る
・書くこと、考えることが後回しになる
そういう未来が、かなり高い確率で見えた。
それは「今の自分がやるべき仕事」ではないと判断した。
次からの判断基準
今回の経験で、
今後は仕事内容と金額だけでは判断しないと決めた。
受ける前に、これを一度考える。
この仕事を続けたとき、
数か月後、自分はどの立ち位置で関わっているだろうか。
同じ位置か。
俯瞰した位置か。
それとも、現場に埋没しているか。
もし後者のイメージが強ければ、
条件を見直すか、受けない。
それは冷たい判断ではなく、
自分の役割と重心を守るための判断だと思っている。
失敗ではなく、学習として
正直に言えば、
これまでこの視点で受注を考えたことはなかった。
今回の仕事で、
初めてはっきり意識することになった。
だからこれは失敗ではなく、
次の意思決定の精度を上げるための学習だった。
この基準は、
これからも静かに使っていくつもりだ。

